「生活・雑感」カテゴリーアーカイブ

防災グッズ

その夜地震発生の3時間ほど前、猫が騒いで寝させてくれなかったお蔭で阪神大震災で死なずに済んだ私ですが(何があったかは過去記事をご覧下さい)西日本に住んでいるためかその後何か防災をやってるかと聞かれると別に何も...

でも今年の台風と北海道の地震でやっと目が覚めました。それはシェフも同じみたい。

というのは今回の台風で生まれて初めて所謂「避難」というような事を体験したのです。全村に避難勧告だか避難指示だかが出たのですが、実際には家を出る方が危険だというので殆どの人が自宅にいたようです。我が家の場合、今寝泊まりしている場所からより安全度の高い方の建物へ移動したのですが、6時間も停電になり、懐中電灯やカセットガスやケータイのバッテリーなど、色々準備しておかないといけない物が初めて身近な問題として身に染みました。

それにしてもズボラーな上に最近とみに物事の整理が出来なくなって、おまけに物忘れも激しい私、非常持ち出しリュックは全然準備出来てないし準備したとしてもどこに置いたか分からなくなる可能生大。こうなったら全ての部屋という部屋にリュックを常備しておく?

昨日ホームセンターで私はヘルメットを、シェフはペットボトルを追加購入。カセットガスと炭も買わなきゃ、と言うとシェフが「そこら辺の枯れ木がある」。なーるほど、お爺さんは山へ芝刈りに、という文化が生きてた時代の人は違うなと感心。カセットガスより七輪をまた買っておこう。(いくつ買っても雨に濡らしてダメにしてしまった)

今回の厚真町の光景には本当に心底恐怖を感じました。地質の問題もあるでしょうが、これからはいつ我が身に起こっても不思議はないと思って日々気を引き締めて暮らさなければと思います。

被災された皆様に心からお見舞い申し上げます。

 

猛烈台風

前の2回の台風で散々脅かされたのにあっけなく済み、今回21号もまた狼少年じゃないかと思いつつも一応また物が飛ばないように点検し、猫小屋屋根の遮光ネットが瓦をはぎ取らないように泣く泣く固定を外し、土砂崩れに備えて高台の方の建物へ人間も猫も移動、犬の首輪も一目盛り緩めていざとなったらすり抜けられるように準備したのが3日の午後。次の日シェフの歯医者の予約があったのを電話して変更。

3日の夜から大雨のマークになっていたけど大して降らず、やっぱり狼少年だったかと思ったりもしましたが、4日の早朝小雨の内にとコンビニへおにぎりなどの買い出しに。いつもいつも自分でご飯炊いて用意する気力も能力もない私です。コンビニに着いた時は車一台しか停まってなくて、こんな泥縄人間は私位なものかと思ったら、店を出る時には5、6台が停まっていました。お弁当やおにぎりは豊富にありました。

さてそれから、だんだんと雨風共に激しさが増し、11時~13時にかけてがピークとなり、11:15にはまたしても停電、14時近くまで続きました。窓から見える猫の大部屋の屋根に吹きつける雨が強風にあおられて横なぐりの吹雪のような水しぶきが飛んで、まるでテレビで見る豪雨実験さながら、道路側に生えている何本もの細めのスギの木がまるで竹のようにブンブンしなり右へ左へと大揺れして、これは絶対何本か折れて道路を塞ぐ事になるに違いないと思いました。風向きは始め東風、次に西風、北風と変化したのであらゆる方向からダメージを受けた訳です。安普請の家の屋根もめくれるのではないか?何やらドーン、ガシャンと物が倒れた音もしてヒヤリ。(これは立てかけてあったアルミのハシゴでした)暴風雨まっただ中、見るとさっきまで起きていたシェフが寝ている、余裕だなと思ったら後で目が覚めて「怖かったな」。恐怖の余り死んだふりしていたようです。

それでも2時過ぎると急激に穏やかになり、夕方には日差しも見えて猫たちの部屋の戸を開けてやりました。杉の木は結局一本も折れておらず、小枝が散乱していた程度、意外にもしなやかさを持っているんだと感心。サクラの苗木も無事。だだ大事にしている2本のナンキンハゼのうち元気な一本が根元から真横に寝てしまっていて、ポッキリ折れたかと思いましたが根元から倒れただけのようで、起こしてやって根元を踏み固めておきました。自分の葉っぱより面積も重さも勝るツタに絡まれて、それが受ける風圧のせいだと思われます。

それより大阪の被害の甚大さに唖然。やっぱりここは山に囲まれているので有り難いです。

何やかんやで疲れと低気圧からやる気も回復せず、避難していた建物からまた荷物を持って帰るのがやっと、グダグダ寝ていたら6日の朝目が覚めて北海道の大地震のニュース。自分が被災していなくても、またまた気持ちがとても沈みます。

購読しているJESEAの地震予測メルマガで北海道も危険だと言っているのは知っていたけど的中(やや場所はずれていたけど)。そのメルマガによれば南海東南海の中でも特に徳島で地表が大きく変動、ひずみが溜まっていると言われているのです::

どこで起こっても不思議はない大地震。せめて水と食料の備蓄はしておかねばと思います。キャットフードも。停電になるので冷凍食品は頼りにならないことが分かりました。乾物と缶詰買っとこう。

 

恐るべし阿波踊り

累積赤字&主催者と連の対立で全国ニュースでも話題になった今年の阿波踊り、またも見に行くことが出来ませんでした。

その代わりYouTube等で動画を見て、まあまあ堪能。

改めて驚いたのは女踊りの足運びの難しさ!!

片足スクワット連続10回を誇る私なのに、とっっってもあんな難しい動作は出来ない。そもそもどうなってるのかさえ何回見ても理解不能。もっとも元々ダンス音痴な私のこと、他の皆さんには意外と簡単な事なのかも?とも思いますが。

ちなみにこんなのありますので宜しければちょっとご覧下さい。

阿波踊りの踊り方(女踊り)  YouTubeです。

これだけなら何だか出来そうに思いますが、実際の踊り手さんの動きを見ると、前に出したつま先が軽やかに2度地面を蹴っているんですよ!?神業。さらにこれに滑らかな手の動きまで加えて。その上桟敷席の100mだか200mの間、ずっと両手を挙げたまま、このステップでよろけたりせずに踊るんですよ!しかも編み笠の下に見える美しい口元には絶えず魅力的な笑みをたたえたまま!そして合間に「ア、ヤットサー、ア、ヤットヤット」と発する声の可愛らしさ!(大体いつも感心するのは徳島の女性の話し方の可愛さ!声もイントネーションも少なくとも私の知ってる限りの高知、愛媛、大阪、京都、北京の女性より数倍魅力的、強いて言えばタイの女性に似通ったところがあるかも?もし私が小三の時からずっと徳島に住んでいたとしたら、こんな話し方を身につけられていたのか、と少々悔やまれる...)と言う訳で阿波踊りを踊りたいという願望は却下。でも人知れず真夜中に月の光の中、庭で練習してたりして^^;; すごい運動量です。阿波踊り踊る人は立派なアスリート!!勿論ずっと中腰のままくねくね踊る男踊りも普通じゃないです。

赤字だという阿波踊り、でもそもそも盆踊りとかお祭りで桟敷チケットの収入を重視するのは如何なものか。タダで街中で見せたって大勢の観光客が来てくれれば落としてくれる金額はスゴイと思うのですが。

とにかく阿波踊りがこれからも盛大に続きますように。

 

 

 

台風の後片付け

台風一過、またまた暑さが戻って来ました。

台風で瓦まで道連れに飛んで行くだろうと心配で、せっかく猫屋敷の屋根に広げた遮光ネットの固定ロープを泣く泣く解いてあったので、案の定ネットはほぼ全部剥がれていました。この暑さではマッチャンが可愛そうなので昨日の朝すでにカンカン照りになったお昼前、屋根に登ってマッチャンの部屋の上だけ一先ず張り直しました。ホントに毎日毎日果てしない猫の暑さ対策の仕事に振り回されています。

この夏うちの庭で初めて咲いた白い百合の花、雑草に埋もれていたのを助けに近寄ったら何とヒョロヒョロ~ッと細い細い茎を伸ばしたネムノキベイビーを見つけて救出、暫くHB101の液に浸けて養生した後、鉢植えにしました。根が傷つくと枯れてしまうというネム、このコは小さいのでほぼ無傷で掘り出すことが出来たし、一週間ほどHB101水に浸けていたので抜いた明くる日ちょっとだけしんどそうにしていたけど、無事夜になったら眠り朝になったら葉を広げるネムノキの生活を始め、その後鉢植えにしてやると見る見る根元が倍くらいに(これでも)太くなりました。

20号台風通過後、一層生い茂った緑の中の人相悪いコンビ。バニーちゃんとチビトラ。仲が良い訳でもないのに、バニーちゃんを夜の間入れている部屋に入りたがるチビトラ。こっそりバニーちゃんに食べさせている贔屓飯、銀のスプーンのパウチを自分ももらうのが狙い。もちろんチビトラとトムも贔屓の対象ですが。

バニーちゃんはみんなと折り合いが悪く、夜は安心できる自分だけの部屋に入れておかないとまた1ヶ月程も家出してしまうのではないかと心配。

太古の地球上に栄えたという片鱗を垣間見るシダ類の静かな佇み。

台風20号接近中

前回えらい脅かされた台風の時も飛びそうな物の上に砂利袋を載せたりネットを被せたり大変でしたが結局雨も風も大した事無くて拍子抜け...今回もまたそんな事じゃないか、と半分

と、ここまで書いたところで突然の停電!!20:10位のことでした。

それから延々6時間半も暗闇の中、点灯したのは02:44。夕食も食べずスマホで台風情報チェックしたり停電の復旧情報見たり。災害に備えてご飯は炊いてあったけどおかずもご飯もチンできないし、シェフはあろうことか突然うどんが食べたいなんて言い出すし、暗闇中で寝たり起きたりしていましたが、1時過ぎ頃雨が上がったので意を決して軽トラで麓のコンビニへ。コンビニの付近は停電はすぐに直ったとのことで普通に営業していてお湯もあったのでどん兵衛にお湯を入れて持って帰りました。

コンビニへの道中、四国電力の車が4、5台も来て人も大勢来て停電の復旧作業をしていました。その少し先ではかなり大きなスギの木が道路の半分以上を塞いで倒れていました。帰り道、うちの敷地から道路に落ちた結構重い木の枝を拾って脇に投げたり、私も少し復旧の手助け。

猫たちはこの二日間一部のメンバーは部屋に監禁、トッピーとクリちゃん、バニーちゃんとチビトラ、チカ坊とリンタローがそれぞれ同室に。他のメンバーは大部屋で出入り自由。ノラ猫でやっと触れるようになったタンタンは軽トラの中にトイレ、水、カリカリを準備して監禁。うちの子たちは車に入れておくと必ずハザードランプや方向指示器をつけるので気が気じゃないけど、タンタンはどこも触らず大人しくしてくれていて、さっき雨が上がって出してやりましたが助手席足下のペットシーツをちゃんと使ってくれていました。

停電の間暗闇と言いましたが、懐中電灯、蝋燭はズボラーの私でも用意してありました。それとソーラーの外灯4~5コを持ち込んで使いました。普段外回りを照らすために昼間せっせと充電しているもので、一晩中明るく光ってくれます。昨日は日照が少なかったのですぐ光が弱くなってしまいましたがかなり助かりました。色んなソーラーライト買いましたがこれが一番優れものでした。オススメです。

Litom ソーラーライト

 

真夏の大阪

10日11日と東京・大阪へ一人で出かける用事がありました。毎回出発前日の夜からは戦争状態、猫たちの世話やら水遣りやら着ていく服、荷物の準備...それでも睡眠時間2時間ほどは確保、朝5時に家を出ました。高速バスと新幹線の切符はちゃんと1ヶ月ほど前に購入済み。

東京での宿泊は八重洲口真ん前のホテル、大浴場もあってベッドも快適、いつも床に倒れて寝ている身には極楽のよう、疲れもすっかり取れて生き返りました。翌日始発ののぞみで新神戸まで行って高速バス、の切符も買っていたのに、出発前日に突然シェフが大阪へ寄って欲しいと言うので、大阪駅に着いてからテクテクJR高速バスの窓口を探してバス発車の20分前に何とか切符の払い戻しが出来ました。大阪からのバスは30分おきに出てるのですが、はっ、今は帰省ラッシュ!と気がついて、名古屋あたりでネットでバスの切符を予約。何とか18時頃徳島駅に着く便を予約出来ました。

大阪も暑かった~。5時間ほど時間があったのですが、デパートとかをブラブラする気力もなし、京都の親戚の家へも行きたかったけどそんな時間もなく。

帰って見るとかなりの雨が降ったそうで、水撒きの手間が省けて皆さんのご飯とクリちゃんの点滴だけで済み、有り難かったです。

7/9に長い豪雨が上がってから1ヶ月近くまともな雨が降らなかったので、ふと気付くとせっかく植えたナンキンハゼやサクラの苗木が枯れかかっていて、毎日猫小屋への放水に加え敷地のはずれのサクラのところまでバケツで何杯も水を運ぶ仕事が増えて大変です。ホースを引くと言っても100mほども離れているので水が届くかどうか?

昨日12日にもかなりの雨が降ってくれました。今日もさっきまでゴロゴロと大きな雷がなっていて期待していたけど結局一滴も降らず。

乾いた地面に葛のツタは元気に伸びています。トムは水撒きの私について回ってくれます。

阿波踊りが始まっていますが今年も見に行く暇はありません。運営が赤字の上、市側と踊りの連がもめているらしい。四の五の言わんと市も県も全職員総出で市内の交通停めて踊り狂えば観光客の落としてくれるお金で財政潤うのでは?You Tubeで見ようかな。

 

異常気象と異常多忙

ダブルパンチの夏、必死でサバイバルしています。

毎日毎日暑さとの闘い。私のためではなく隔離猫たちのため、更に去年から今年の初めにかけて植えた苗木たちのため、せっせと水撒きをしている毎日です。

色んな出来事があり目まぐるしい夏。

自分の備忘録として書いておくと、最接近の日の火星は、本の一瞬だけ大きく輝く姿が見えただけであとは厚い雲に隠れてしまっていました。

7/5と8/1、暗くなってから庭に水を撒いていると地面に光る点々を発見。え、まだホタルが生きてる?と思ったら、全然飛び上がらない。草をかき分けて正体を見極めると、それはホタルの幼虫でした。今年生まれた卵が幼虫になったんだ。水たまりもないのにどこに卵を産んだのか?これから来年の夏まで、さなぎで過ごす?恐らくヒメボタルの幼虫だと思うのですが、成虫のチカチカチカチカというせわしない光とは全然違う、ヘイケボタルくらいの大きくてゆっくりと瞬く美しい光でした。

2匹いるはずのガマの姿は猛暑以来1度も見えず、元気にしていればいいけど。

あ、もしかしてお役立ち健康情報が1つ。

先日意を決して私が10年ぶりくらいにそうめんを作ったのですが、久々に思わず大食してしまって「うへー、冷たい炭水化物のどか食いして、明日の朝は絶不調間違いなしかな」と思いつつ眠って目覚めてみて驚き。とても気分良く頭すっきりで目が覚め、一日中やる気みなぎって能率も上がりました。

何故?と不思議に思って調べてみたら生の生姜は体の深部体温を下げる効果があるとのこと。よく知られるように加熱調理した生姜は体温を上げるそうです。それで熱中症にもならず元気を保っていられるのだろうと思います。但し刺激が強いので1日小さじいっぱい程度にするのがいいそうです。そうめんや冷や奴は正に日本人の知恵。生姜、スーパー行くたびに買って、毎日食べています。

 

元気ですよー

長い豪雨は8日に上がり、その後は連日うだるような猛暑続きです。

お蔭様でシェフも私も体は元気でいますが、毎日この暑さとの闘いに明け暮れて、夜になるとバッタリ倒れ込むありさま、ブログの更新はおろかメールチェックすらも出来ない状態が続いています。

何やってるのかと言うと毎日朝、昼、夕方、夜の最低4回、1回1時間ほどもかけて猫たちの住んでいる建物や周りの木々、地面への放水。それからリカちゃんの住んでるサンルームとかクーラーの効きの悪いプレハブハウスの屋根に遮光ネット広げたり。文字通り汗と泥にまみれて大奮闘です。遮光ネットも1枚かけただけで安心してたら次の日やっぱり暑いと分かって更に2枚重ねに。連日如何にして猫たちを熱から守るかばかり考えて脳も体もくたくたです。

愛媛にいた頃も猫の館のコンクリートの建物の屋根やまわりのアスファルト道、駐車場への放水で早朝から真夜中まで長くて重いホースをズルズル引きずって敷地内をウロウロしていましたが、こちらは何と言っても山の中、周りは見渡す限り緑の木々、去年はここまでの暑さではなくまあまあ平穏な夏だったと思うのですが、今年は前回脳みそが煮える程の猛暑だった2010年の悪夢の再来です。

唯一の救いは私は夏が大好きだということです。

最近夜中に南の空に見慣れない赤い大きな星が見えるでしょう。火星ならサソリ座のアンタレスよりほんのちょっと大きい程度だったのに、もしやと調べたら何とまた火星の大接近だそうです。今月31日が最接近だとか。金星より大きく見えてます。真夜中勝手口から出ると真正面に火星が。迫力あります。

取り急ぎ生きてる証を。

皆様もこの暑さに十分ご注意下さい。

 

春の嵐

2月最後の日の夕方から台風並の暴風雨、早々と猫たちを住処に帰らせた後、人間の住処の方の外に散らかしてある物が飛ばないように濡れないように片付けたりブルーシートを掛けたり、既に降り始めた雨に濡れながらズボラーのツケを払いました。

それで疲れて宵の口一寝入りして真夜中に目が覚めたら竜巻注意情報発令、屋根が飛ばされて何もかも巻き上げられたりずぶ濡れになったらどうしよう、と不安に感じながらもまた一寝入りして、3時頃また目覚めて外へ出たらドアの真正面の南の空にいつもの名も知らぬ大きな星が、そして西に沈みかけた十三夜の月が神々しく輝いていました。風もなく久々に全く寒さを感じない。ああ、そうか、3月1日だー、いよいよ春なんだーと一人納得。

1日の日中も強い日差しで風は少々強かったけど猫たちの絶好の日向ぼっこ日よりとなり、監禁しているバニーちゃん、マッチャン、病み上がりのリンタローの3匹を外に出してやりました。

そして夕方猫たちを部屋に入れた後にブナを植木鉢に植えました。まだ植えるべき場所が決まらないので何ヶ月か植木鉢で過ごしてもらいます。植え終わって東の空を見上げると木々の梢の間に美しい十四日の月が昇りました。2日の満月の日は元宵節。30年以上も昔、北京に着任した日が元宵節で空港から職場へ直行してみんなと一緒に確かあんこの入った団子汁?を頂きました。味は忘れました。

3月1日と言えば中学生の頃にも前日までとは劇的に違う変化に驚いた年がありました。前に住んでいた瀬戸内地方は冬の間朝は東の方角を雲が覆い太陽が顔を出すのが遅かった(8時頃だったか)のですが、ある年の3月1日には早朝から東の空が晴れわたり神々しいような日の出が見られました。ああ、春が来たんだーと実感したものでした。

とにかくもう春ですにゃ。近頃春の有り難さが身に染みて分かります。子供の頃はかったるくて眠くて刺激がなくて好きじゃなかった季節ですが、年取ったということでしょうか。

 

皆既月食のち積雪

今年2度目の満月は早い時間から美しく昇って来ました。

暫くしてまた見上げて見たら、ん?いつの間にこんな雲が...半分すっぽり雲に隠れてる?  でも何かおかしい...

不覚にも皆既月食だということを全く忘れてた、と言うか殆ど知らなかったに等しい。

次の日もしかしたらかなりの積雪になるという予報が信じられない位、月食の進んで行く間空は晴れ、はっきりと見ることが出来ました。寒さも忘れて何度も外へ出て暫し頭上を見上げていました。

皆既になった瞬間、右手(西)から雲がかかり月は一時全く真っ暗に。それから暫くしてまた薄雲を透して葡萄のようになった月を見ることが出来ました。

左からかけ始め最後に右やや上部が残って、その後皆既の状態の時も右側が明るい状態がずっと続きました。何かだんだん明るい部分が左へ移動するような気がしていましたが、太陽の位置はそうそう変わらないのでそういうことか?そして不思議なのは皆既が終わると左から光り始めるとばかり思っていたら、何と下から光が現れました。

下から丸くなりつつある月の証拠写真。蕾が目立ち始めた桜のシルエット越しに。

大学1年生の夏休み明けだったか、皆既月食を大阪で見ました。次の日の朝日新聞一面には「名優の名演技」という見出しで大きく載っていました。天王寺区の街なかで、住人や通行人と一緒に空を見上げたのが昨日のようです。いやいや、それは言い過ぎ、それから幾星霜....というか半世紀?昨日の皆既月食は山の中で1人で見ました。寒がりやのシェフは天文にはあまり関心ない人。

そして明け方からやはり雪になり、目が覚めたら今年4回目の積雪。柔らかい牡丹雪で大した積雪にはなりませんでしたが、うちの前はお決まりのアイスバーンに。外出は諦めました。夕方になると雪は雨になり、道路の雪は夜にはほぼ消えましたが庭には残っています。

これも半世紀以上昔、徳島で小学生だった頃、空から降って来る見上げたら黒い牡丹雪の大きな塊を走って行って手に受けて遊んだことを思い出し、やってみました。どれが一番大きいか、結構ムキになって探してしまうのは子供の頃と変わっていない自分。手の平に落ちた瞬間水になってしまう柔らかい雪。雪は水に戻っても私は子供には戻らず...

今日は何年ぶりかでアナログ画を1枚仕上げました。アクリルガッシュでケント紙に、猫たちのイタズラを警戒しつつ何とか無事仕上げられました。公開出来る時が来たら掲載します。